Peanuts Monkey Cuisine

I am just a monkey man, I'm glad you are a monkey woman too!

ジャズ談義(14)盟友

f:id:peanutsmonkey:20190609104924j:plain

A begging man, Prague, Czech Republic

むかし働いていた飲食店に、見分けがつかなかった男ふたりがいた。ほとんど毎日顔を合わせていたのにほんとうに見分けがつかなくて、三週間くらいたってようやく識別できるようになった。仮に片方をマサル、もう片方をサトルと呼ぼう。マサルはダンサーで、サトルはミュージシャンだった。どちらも痩身で、髪をやや染髪していて、程よく貧乏だった。社会的にも個性的にも――あるいは非社会的にも没個性的にも――接客業が本業であり、芸能稼業は副業未満であることは明らかだったが、そういった不都合な真実からは少なくともあと数年は目を逸らしつづけ、我が本分はあくまで音楽/舞踏にあり、と居直る心積もりでおり、さらになにくれとなくその積極果敢なエスカピズムについてオーソリティたっぷりに恥じらってみせるところもよく似ていた。言ってみれば、2000年代後半における、ごく一般的な若者の類型だったのである。だが違うところもあった。マサルは本質的な詐欺師で、サトルは生来的な正直者だった。そういう場合に往々にそうであるように、マサルは公には純朴で慎重なタップダンサーを演じて、サトルは浮薄で磊落なロックギタリストとしてふるまっていた。マサルが職場に7人いた女性店員たちを、それこそ健脚なスタンプラリアーがマス目を着実に埋めていくように、順繰りにこっそり籠絡していったかたわらで(そのことは私以外誰も知らなかった。サトルはおろか、当の女たちさえも)、サトルは女受けするが、いつもいま一歩のところで床入りを逃してしまうツキのない優男という、いわばポストモダンな三四郎としてベソとマスをかいていた。表向きはサトルがマサルをあげつらい、陰ではマサルがサトルを嘲笑していた。そういうわけで、ふたりには、女の尻追いという副業の本業(あるいは生物学的本業)においては決定的なアイデンティティ不一致と成績格差があったが、やっぱり根本的には似ていて、私が職場を離れた2年後に、ふたりとも示し合わせたようにあっさり本業の看板を下ろした。マサルは「ポスト311の時代に、自己満足のためだけにタップ(ダンス)をやることに疑問を感じた」という不可解な理由でカンパニーを去り、サトルは「音楽性の相違」という明快な理由でバンドと袂を分かった。要するに、自費公演に嫌気がさしたのだ。そうやって〈元・夢追い人〉という価値ある肩書をついに獲得した彼らは、社会の潤滑な歯車として堅気の暮らしを始めた。マサルはチェーン居酒屋の制服組になり、サトルは学校に通ってコンピュータ・プログラマーになった。いまごろはサトルが美人で感じのいい妻とひとりかふたりの子を成して、マサルがその妻をたまに寝取っているはずだ。ふたりは墓場まで盟友である。(文・写真:落花生)