Peanuts Monkey Cuisine

I am just a monkey man, I'm glad you are a monkey woman too!

ジャズ談義(1)炙牛肉

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Life, Nairobi, Kenya

昨日の夜はローストビーフを食べた。コストコで買ってきた二キロの豪州産塊肉、これをおおよそ百五十から二百グラムくらいずつ小分けにして保存してあった。朝のうちに冷凍庫から取り出して、冷蔵庫、否、台所のコールドテーブルのうえに置いておき、帰宅したときにはちょうどいい塩梅に解けていた。こんなしんしんと雪のふる夜は赤ワインが美味い。塩と胡椒と少量のニンニク、それからおまじない程度にローズマリーをまぶしたあと、それらを肉が吸い込むまでしばし赤ワインとオリーブと対話をつづけ、それから焼き始める。小さな鉄のフライパンをよく熱して(きょうは炎がよく青いから、酸素はじゅうぶんに足りている)、煙がもうもうとあがってきたころに、エイ!、ではなく、そっと味をまぶした肉塊を置く。熱された鉄と肉の脂が触れ合う瞬間、むかし牧場の納戸のわきで、とくに何の理由もなく手の甲にタバコを押し付けてつくってみた「根性焼き」の記憶が蘇り、びくっ、とした。さらに赤ワイン。ときどきオリーブ。それから成城石井で買ってきた高い仏産黴チーズ。脂がじゅうじゅう溶けて、煙とまじって部屋中に撒き散らされる。これでもう三日間は、肉のにおいがリビングから消えないだろう。でもどのみち、この群青色のカーテンはそろそろ洗濯しないといけないと思っていたのさ。脂を焼くのは一分半きっかりと決めている。それから東西南北の夷狄蛮族をひとつひとつ征伐ないし制圧していくように、肉の各面に焦げ目をつけていく。しかしここでの真意は、拡大ではなく収斂にある。火を止めたとき、リビングはもはや戦のあとのように白く煙っている。私の仕事はまだ終わらない。赤ワインでひと息、さらにもうひと息ついてから、くるんだ肉を湯につからせる。人間でいえばサウナくらいの温度だ。だが全身やけどを負った肉は汗をかかない。生きたまま炙られるというのは、じつに残酷な刑だ、皮膚に火を燃え移らせずに、じっくりと、それこそ筋肉によく「火が通る」まで、命を奪わずに人を焼くことは可能なのだろうか、という禁忌に触れそうな問いに頭をめぐらせる。赤ワインが頭をめぐる。もう一本栓を抜く。焼けて煮えた肉とにらめっこをしながら、グラスを空けていく。こんなに深く心にアルコールが浸みてしまったから、今夜はもう肉を切るところまで、たどり着けそうにない。だがそんなはずもなく、適度にほとぼりが冷めてから、よく研いだ包丁で薄切りにして、少量のわさびと醤油で食った。すこし火を通しすぎた。(文・写真:落花生)