Peanuts Monkey Cuisine

I am just a monkey man, I'm glad you are a monkey woman too!

ジャズ談義(23)神様

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Three Children, Chefchaouen, Morocco

きのう赤い頭をした緑ずくめの男と、緑色の頭をした赤ずくめの女が、交差点を横断しているのを見かけた。じつは火星人と木星人の話なのだが、ここではあくまで頭髪を派手に染めあげた若者たちの話として聞いてほしい。ふたりはあまりよく似たなりをしているので兄妹かと私は思った。だがやがてカップルと知れた。広い交差点の真ん中あたりで、とつぜん意味も脈絡も欠いた――というのは私や三列に並んで辛抱づよく信号待ちをするドライバーたちにとって意味や脈絡がないだけだが――抱擁、さらには口づけを交わしたからだ。彼らは愛の行為に熱中するあまり、交差点に足を踏み入れた理由を忘れてしまった。そして中央分離帯に残されたまま赤信号を一回分やり過ごすあいだ、性愛の徴をその場に刻み続けた。それはちょっとした見もので、非礼を承知で言うと、私はインドのジャイサルメルという町の路上で見かけた、小さな豚二頭の交尾を想い出した。雄豚のペニスはちょうど私の人さし指くらいサイズで、彼はその細く小さなペニスをなんとか雌のヴァギナに収めようとするのだけど、なかなかうまくいかず、結果として二頭はじゃれ合っているような格闘しているような、滑稽なような陰惨なような、よくわからない場面をつくっていた。なにごとも頻度と程度の問題なのだ、というのがさいきんの私の口癖である。ジャイサルメルの豚たちも、きのう私が交差点で見かけた赤緑の男女も、おかしいと言えば相当おかしかったし、なんらおかしなところはないと言えば、たしかにそのとおりでもある。サラエボやエチオピアの田舎など、ふだん東洋人の顔を見ることのない土地にいけば、人々は私の顔を一瞥しただけでこの上なく滑稽なものをみたというふうに、ぎゃあぎゃあ大笑いしてこちらを揶揄った。しかし私と同じような浮浪旅行者が、一日に百人も通りを横切れば、その光景はおかしいというよりも不気味なものになるだろうし、やがてそれははっきりとした不愉快へと変わるだろう。だがここに差し掛かって、交差点の赤緑カップルと、ジャイサルメルの豚のつがいの違いが露わになる。少なくとも私のなかで彼らの差異が際立つ。つまり路上で交尾をする豚はたとえ百組に増えても、まあまあ、きょうは豚どもが盛んにやってるなあ、くらいに思うだけで、脅威を感じる住民はあまりいないと思う。しかしながら、交差点で互いの体を吸い合うカップルが百組も現れたら、それは即座に不気味で不愉快な光景として、歩行者やドライバーの忌避や怒りを誘うだろうし、それはやがて直接的にせよ間接的にせよ排斥の対象となるはずだ。我々がここで直面するのは、豚の交尾や、赤緑の男女の口づけという行為の非日常性(異常性)、あるいは我々個々人が「常ならず」と考えるものの程度の問題なのであって、これは寛容/差別、常識/破戒、道徳/不徳など、いずれもひと筋縄ではいかない問題の根っこでもあるから、簡単には結論できない。そんなことを考えながら、帰宅してビールを飲んだ。君たちへ――とりあえず交差点はおとなしく渡ってほしい、お互いのために。(文・写真:落花生)